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量子コンピュータの活用で運搬量約10%向上、建設現場の最適な土運搬ルートをリアルタイムに計算

清水建設株式会社

2025年度に向けて、建設現場の生産性の20%向上を目指そう。国土交通省がICT活用による建設現場の生産性向上として掲げるこの目標に向け、清水建設ではICTの積極的な活用が進められています。量子コンピュータを活用したグルーヴノーツの「MAGELLAN BLOCKS」もその1つです。今回は、量子コンピュータ活用プロジェクトを推進する清水建設の土木技術本部 イノベーション推進部 先端技術グループの責任者を務める柳川正和氏と宮岡香苗氏に、「MAGELLAN BLOCKS」を活用した土運搬計画の最適化について、これまでの取り組みと展望を聞きました。

お話を伺った方

清水建設株式会社
土木技術本部 イノベーション推進部 先端技術グループ グループ長
柳川正和(やながわ・まさかず)氏

  

清水建設株式会社
土木技術本部 イノベーション推進部 先端技術グループ
宮岡香苗(みやおか・かなえ)氏

  

地球環境や地域の皆さま、工事関係者の負担を最小限に抑えるため、量子コンピュータの活用は有効な手立ての1つだと感じています

——清水建設 土木技術本部 イノベーション推進部 先端技術グループ

背景・課題

地盤の掘削や盛土が伴う土木建設現場において、建設発生土の効率的な運搬は必要不可欠。従来その運搬ルートはダンプごとに1日を通じて固定されており、混雑状況の変動や突発的なトラブルなど、その時々の状況に応じてリアルタイムに最適なルートを選択できるようにすることは、運用・技術・コスト面から難しいと考えられていた。

実際の取り組み

GPS端末で取得したダンプの位置情報、ダンプ待機場所での滞留状況のほか、Googleマップの混雑状況、ドライバーの稼働時間や休憩時間など、現場運用上の制約条件なども加味して、「MAGELLAN BLOCKS」で量子コンピュータの最適化モデルを作成。リアルタイムでタイムロスの最も少ないルートを計算する共同実証を行った。

成果

清水建設が施工を行う建設現場では、ダンプ運搬ルートのパターンは約1,700万と膨大な計算量に及ぶ。「MAGELLAN BLOCKS」の最適化モデルを用いてルート最適化のシミュレーションを行った結果、ダンプの運行台数を増やすことなく、1日当たり約10%の輸送量増加が可能であることが確認できた。

今後の展開について

「MAGELLAN BLOCKS」の最適化モデルで導き出したルートに関して、実際のダンプを運転するドライバーにリアルタイムに通知して、運搬ルートを動的に変化させることによって、どれだけ生産性向上を図れるか実車を用いた走行実証を行っている。

前例がないなら試す。量子コンピュータ活用の手がかりを掴むためにも、ぜひトライすべきだと思いました

——先端技術グループ長 柳川氏

グルーヴノーツと量子コンピュータプロジェクトに取り組む、清水建設 先端技術グループ長 柳川氏

清水建設 土木技術本部 イノベーション推進部 先端技術グループの使命

柳川氏 イノベーション推進部には3つのグループがあります。三次元モデルを活用した設計・施工管理の効率化を担うCIMグループと、新たな建設技術の開発を担当する生産技術グループ、そして我々の先端技術グループです。先端技術グループの主な役割は、前例のない技術や革新的な新技術の調査と試行・分析・評価です。中長期的に使える技術なのか実証実験を通じて評価し、有効な技術を現場に展開する使命を負っています。今回の量子コンピュータによる運搬計画最適化プロジェクトも前例のない取り組みであり、土木建設現場を変える可能性のある革新的な新技術であるため、我々が担当しています。

「MAGELLAN BLOCKS」を採用した経緯

宮岡氏 グルーヴノーツの方から連絡をいただいたのが最初です。土木建設工事の現場では、日々、地盤の掘削や盛土が盛んに行われ、大量の土が行き来しています。この建設発生土を効率的に運ぶためのダンプトラック(以下、ダンプ)の配車に「MAGELLAN BLOCKS」の量子コンピュータ(量子アニーリング)が使えるのではないかというお話でした。量子コンピュータであれば、現場の運用ルールや刻々と変化する工事状況、道路事情、天気など、多様な制約条件を加味し最適なルートを瞬時に割り出せると聞き、興味を持ちました。グルーヴノーツはすでに三菱地所さんと、東京の丸の内エリア内で発生した廃棄物を効率的に収集・運搬するルート最適化を実施された事例をお持ちです。そこで今回、実際の土木工事の現場で共同実証に取り組むことにしました。

量子コンピュータへの期待

柳川氏 以前から量子コンピュータの可能性には関心があり、興味を惹かれていたものの、提案をいただくまで、建設現場で量子コンピュータを活用した事例を耳にしたことがありませんでした。ただ量子コンピュータは将来性のあるテクノロジーなのは間違いありませんし、前例がないからといって切り捨てるべきものではないのは確かです。効果が未知数なのであれば、試してみるほかありません。建設現場においてどのような活用方法や課題があるのか、その手がかりを掴むためにも、ぜひトライすべきだと思いました。

宮岡氏 土運搬の効率化に関しては以前から、ダンプに搭載されているGPSから運行履歴を管理する取り組みや各種帳票や書類の自動作成などに少しずつ取り組んできていました。しかし、グルーヴノーツにご提案いただいたように、ダンプが走るルートをリアルタイムに計算して臨機応変に変更するという発想自体が、私たちにはありませんでした。それだけに、運行管理の担当者やドライバーが長年の経験に基づいて行っている土運搬業務が、量子コンピュータでどこまで効率化できるか、非常に挑戦のしがいがある取り組みだと感じました。

量子コンピュータモデルは机上ではなく、実際の工事現場で生まれました

——先端技術グループ 宮岡氏

グルーヴノーツと量子コンピュータプロジェクトに取り組む、清水建設 先端技術グループ 宮岡氏

プロジェクトはどのように進められたのか

宮岡氏 初年度の2020年は、工事で土運搬がどのような状況で行われていているか、グルーヴノーツの担当の方に現場の環境や起きている事象、運行ルール、業務プロセスをつぶさに見ていただくことからはじめました。2021年に入り私が本プロジェクトの主担当を引き継いでからは、実際にダンプが運行するルートを一緒に走ってもらい、土の積込場や埋め立て場、その間にあるダンプの待機場所の視察、ダンプのドライバーや運行管理に携わる人たちへのヒアリングなどを実施していただきました。次のステップは、集めた情報から効率的な土運搬に必要な制約条件の洗い出し、データ化を進め、量子コンピュータで土運搬ルートを算出する最適化モデル(イジングモデル)の作成に取り組んでもらい、シミュレーション環境を整えていきました。

実証中、もっとも心に残ったエピソード

宮岡氏 工事の現場は、工事関係者でなければ何度も足を運ぶ場所ではありません。それでもグルーヴノーツの方々は現地をたびたび訪れ、情報収集と確認作業を熱心に行ってくださいました。私自身、ある程度情報を集め終えたら、量子コンピュータの最適化モデルは机上の計算でできあがるものだと思い込んでいたので、グルーヴノーツのフットワークの軽さには驚きました。今ではダンプの運用に関して、現地で運行管理を担当する弊社社員と遜色ないか、それ以上に詳しい部分もあるのではと思うほどです。現場に足繁く通い根気強く現場関係者の声に耳を傾け、パフォーマンスを最大化しようと努力するグルーヴノーツの方々の姿勢がとても印象に残りました。

建設現場にはリアルタイムシミュレーションを必要とする領域はまだある。量子コンピュータの可能性に期待しています

——先端技術グループ長 柳川氏

運搬計画最適化プロジェクトイメージ

シミュレーション結果についての評価

宮岡氏 これまでデータベースに蓄積していた過去のダンプ運行記録をもとに、現場の運行条件や滞留状況などの情報を掛け合わせて、量子コンピュータでシミュレーションした結果、同じダンプ台数で1日当たり約10%の運搬量増加を確認できました。正直言って初手で2桁も改善できるとは思っていなかったので驚きました。改善を重ねればもっと数値が伸びる可能性があります。実際のダンプを使った走行実証が楽しみになりました。

柳川氏 たかが10%の向上と思われるかも知れませんが、今、日本の建設業界は国土交通省のかけ声のもと、2025年までに20%の生産性向上を目指しています。10%という数字は決して侮れない数字です。建設業界の業務プロセスには絞りきった雑巾のように改善の余地がほとんど残されていない部分と、まだまだ改善のメスが入りきっていない部分があります。20%という目標値は、後者を丹念に拾い上げて改善を推し進め効率化していくほかありません。そうした意味で今回の量子コンピュータ活用プロジェクトは、建設業の生産性向上に貢献する取り組みといえると思います。

今後の展開について

柳川氏 今回ある程度、工程実装の目処がつけば清水建設の標準技術として、各現場に展開する道が開けてくるでしょう。また、土運搬に限らず、建設現場にはリアルタイムシミュレーションを必要とする領域はまだまだたくさん残されています。活用の途はさらに広がる可能性があるとみています。建設現場は工事発注者や我々のようなゼネコンに加え、工事業者、そこで働く人々、地域住民の皆さんがかかわる上、多くの資材や機材を投入し、複雑で長大な工程を踏んでようやく完成に漕ぎ着ける大がかりな取り組みです。

そのためこれまでは、工程は工程管理、安全は安全管理、コストはコスト管理と分野を分け、経験上、蓋然性の高そうないくつかのパターンに絞ってシミュレーションを行ってきました。もし量子コンピュータによって、バラバラに扱わざるをえなかったこれらの管理分野が統合され、かつ汎用的なアルゴリズムで最適な一手が導けるようになったら、建設現場に革命が起きるでしょう。まだまだ高いハードルだと思いますが、現場実装に向け技術的な成熟に期待しています。

宮岡氏 柳川が申し上げたように、建設業界には効率化すべきプロセスはたくさんあります。まずはダンプの土運搬に関して定量的な評価が出れば、発注者への提案もしやすくなりますし、他の現場への展開も協力業者さんへの説明もスムーズになり、知識や経験の蓄積もさらに進むはずです。これから展開先を増やし量子コンピュータのユースケースを増やすという意味でも、まずは今回の取り組みでどこまで成果が残せるかが試金石になるのは間違いないと考えています。

今後、グルーヴノーツに期待することは?

宮岡氏 この最適化プロジェクトは現場密着型で、グルーヴノーツの方々には、工事業務のかなり深いレベルにまで踏み込んでいただけました。当面はこのプロジェクトで一定の成果を出すことが目標になりますが、今回、得られた知見は土運搬に限らず、国土交通省が推進する「i-Construction」の取り組みにも活かせるはずです。これまでに吸収していただいた現場知識を活かして、量子コンピュータの新たな活用のアイデアを提案していただけたら嬉しく思います。

柳川氏 建設現場のICT化による生産性の向上は工期の短縮と予算の縮減をもたらします。また建設業界もカーボンニュートラルをはじめ、持続可能な社会づくりと無縁ではありません。ICTの活用による公共工事の建設現場の効率化は、社会的に重要な意味を持ち、そして適正な利益を上げるために必要な取り組みです。量子コンピュータの活用と普及に期待していますし、私たちも今まで以上に、業界や現場の知見やデータをお出しします。ともに建設業界における量子コンピュータの可能性を追求していけたらと思っています。

掲載日:2022年1月
構成:武田敏則(グレタケ)

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